カフェ オーロラ

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14495698:朝顔の花 やっとひとつ咲いた 528hz 2014/08/09 (Sat) 12:53:06
今朝、やっと、やっと、朝顔の花がひとつ、咲きました。

駅へ続く道端に、今年の三月から土を耕して、雑草をこまめにとって、朝顔の種を育てました。
ふた葉が芽を出してもすぐに虫に食べられて、あたらしく種をまいて、50本近い朝顔が生き残ったのは30本です。

土が良かったせいか茎が伸びて、葉が生い茂り、まるで、葛(クズ)のようにフェンスにからまり、木にからまって伸びていきます。途中から、茎の先を摘心して、葉っぱを取り除いてやりました。

つぼみかと思ってよろこんでいたらわき芽だっりしてがっかりしましたが、ようやく花のつぼみがつくようになりました。

朝顔の花の色は、秋の空の水色。昔の朝顔の色です。
今はこの色の朝顔をみることはありません。

ところが、今朝、咲いた朝顔の花は、生い茂った葉っぱの間から、やんちやっ子がほっぺを泥んこで汚したような花びらだったので、ちょっと期待を裏られましたが、それでも、゛ああ、よく咲いてくれたね。ありがとう゛といって、朝顔の花を両手に包んで、頬ずりをしました。

夫も朝顔の花を見たようです
「けなげに咲いている姿が、いとおしいね」

朝顔の花を、もう一度見に行ったら、途中で同じマンションの方に会いました。
「今朝、ひとつ咲いてましたね。毎朝、気にして見てたのよ」
そこへ、ゴミを出しにきた女性が「どれどれ」と言いながら、三人で朝顔の花の前にやってきました。

朝顔はもう、しぼんでいました。
さっき見たやんちゃっ子の花の姿はありません。

「つぼみが、ほら、ここにも、ここにも」
「これは明日咲くわね」

たったひとつの朝顔の花が、人から人を呼びます。

・・・・・

実はこの朝顔の花は、4年前から物語が続いています。

今から4年前に、わたしが朝のウオーキングの途中、
道に迷って入り込んだところは建物の影の景色でしたが、水色の花が一面に咲いていました。
まるで別世界です。

おじいさんが朝顔の花を数えていました。
「今朝は500いくつ・・・」
毎朝、朝顔の花を数えていました。


妻と結婚してまもなく、縁日で買った朝顔だそうです。

「妻が病気で寝ているベットの窓際に、朝顔の花が見えるようにツタを這わせてやりたいけど、もう年で手が届かない」

高齢の不自由の身の寂しさを知りました。

わたしは毎朝、携帯電話でおじいさんの朝顔の写真を撮りました。
雨の日も風の日も、11月の霜が降りるまでに。
ツイッターで朝顔のことを書いたら、全国から朝顔の花の写真が送られてきました。

朝顔の花が人と人をつなぎました。
朝顔の種で愛のリレーが始まりました。


今朝、咲いた朝顔の種は、このおじいさんからもらったものです。
花がひとつ咲きました。

今年はどんな愛の物語になっていくのだろうか。


このカフエの場をお借りして、朝顔の花の物語を数回にわけで書こうと思います。

よろしくお願いいたします。
14513220:Re: 朝顔の花 おじいさんと方丈記 528hz 2014/08/17 (Sun) 08:42:15
駅へ続く道端に植えた朝顔の花は、初めて咲いた次の日に、7つ咲きました。

朝顔の咲き方ですが
棒やヒモにツタがからまって、花が一直線に次から次と咲いていくイメージがありますが、
おじいさんの庭の朝顔は違うのです。

おじいさんの部屋は団地の一階でした。
窓ぎわの庭はつつじ、あじさい、金木犀、沈丁花、バラの木が植わっていて、
ところどころにゆりの茎がスッと伸びていました。
この草木の枝に、朝顔のツタが適当に好き勝手に伸びていくのですから、
朝顔にとってこんなにうれしいことはありません。

つつじのまん丸い木の上に朝顔の花がてんこもりに咲いている姿は、
まるで、小鳥たちが巣の中で口を開けているみたいです。

何かの枝に絡まって垂れ下がっている朝顔の花は、胡蝶蘭みたいに豪華です。

スッと伸びたゆりの茎に絡まった朝顔は行き止まりになり、
茎の先で花がふたつほどたのしそうに風にゆれていたり、
何かのツタにぶら下がってひとつだけがまるでブランコに乗っているように咲いていたり、
庭を飛び出して柵の上でちゃっかりと綱渡りをしているように咲いていたり・・・。

草むらには迷子の子ネコのようにうずくまって咲いていたり、
まるで何かの雑草の花になったつもりですまし顔で咲いていたり・・・。
朝顔の花の姿はあきることがありません。


わたしはウオーキングの途中、朝顔の庭で一時停止します。
おじいさんは「今朝は500いつく、いちばん多い日で、700いくつ咲いた」と話しかけてきました。
「妻と結婚した頃、ふたりで縁日で買ってきた朝顔で、毎年、種がこぼれてどんどん増えていったんですよ」
「妻が病気で寝ているベットの窓際に、朝顔の花が見えるようにツタを這わせてやりたいけど、もう年で手が届かない」


ある日から、おじさいさんの姿はありません。
あれ?今日はどうしたのかな? と心配しましたが、それよりか、
おじいさんのいない朝顔をゆっくり眺めて、ワクワクしながら携帯電話で写真を撮りました。

朝顔の花たちは、夕方になるとどんなふうになっているのか見たくて行って見ると、
はしゃいでいた花たちが、おとなしく「ねんね」をしています。



朝顔の花は「方丈記」(鴨長明)の冒頭のようです。


・・・・ゆく河の流れは絶えずして しかももとに水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは かつ消えかつ結びて とどまることのためしなし。
世の中にある、人とすみかと、またかくのごとし。

中学のときに教科書で習ったので覚えている方も多いと思います。

方丈記は存在するいかなるものも一つの同じ状態でいることはなく、
自然も人も万物は必ず変化して流転してゆく。そのことを長明さんは伝えようとしたのでしょう。

おじいさんの団地も、一見変わらない団地の風景であるけれど、
建物も人の暮らしも朝顔の花のように移り変わっている・・・。


朝顔をよく見ると一本のツタの先にはつぼみがたくさんついて、
順番に咲き、咲き終えた花から順番に種をつくっていきます。

●→→●→●→●→●→●→●●→→・・・・・

左から大じいちゃん、大ばあちゃん、おじいちゃん、おばあちやん、お父さん、お母さん、子ども、あかちゃん、・・・・・。
先にいくほど、つぼみは固くて、根元にいくほど枯れてシワシワの固い種になります。


朝顔は「命の鎖」になります 。


・・・・

五木寛之著「朝顔は闇の底に咲く」がありますが、
朝顔が朝開くのは、夜明けの光とか暖かい温度のせいではない。
夜明け前の、冷たい夜の時間と闇の濃さこそが必要なのではないか。

五木寛之氏が、朝顔の花のことを知ったのは、
朝顔の花を研究した人が実際にいて、朝顔は温かい温度だけでは不十分。
24時間光をあてた朝顔は咲かない。 夜の時間の冷たさと、
闇の深さが不可欠と書いてある本「植物の不思議な生活」(滝本敦)からのようです。



私たちも人間も朝顔です。
朝、目を覚まして夜、寝ます。

今、悩みや苦しみがあっても、それは美しい花を咲かせるための準備です。
朝顔の花のように今日で終わりです。
あたらしい花がまた、翌日に咲きます。


今、朝顔の花の季節です。

今年はどこも朝顔の花があまり咲かないようですが、
もし、朝顔の花を見たらふと足を止めてじっくり見ると、
きっと、朝顔が何か語りかけてくれることでしょう。





14533538:Re: 朝顔の花 おばあさん 528hz 2014/08/22 (Fri) 10:28:59
・・
駅へ続く道端に、おじいさんからもらった朝顔の種を植えようと思ったのは、
ある、おばあさんとの出会いがきっかけでした。
311の震災のあった年の9月半ばの、残照の真っただ中。


わたしは家の近くのTデパートの家電売り場で、セール中のテレビを見ていました。
「このテレビ、安いですね」と声をかけてきたのがおばあさんです。
上品な80歳はとっくに過ぎている、この辺でよく見かける金持ちのおばあさんが、
ちょっとおしゃれをして気分転換にデパートを見て回る、そんな印象を受けました。

「他にも、安いお店がありますよ。私はこれからそこへ行きますが」と言ったら、
「一緒に連れてってもらえないですか」とおばあさん。
Y電気店に一緒に行くことになりました。


Y電気店まで歩いて7~8分ですが、おばあさんが一緒だと15分はかかるでしょう。
そこへ続く道は、なだらかな一直線の坂道で、電車と国道と車道が並行して、
周りに建物がなく、残暑の午後の昼下がりで、暑くて、暑くて、
それでも、おばあさんはうれしそうにトコトコついてきました。

何か話しかけてきますが、騒音で聞こえないし、足を止めて聞こうとすると、
おばあさんは足を止めてしきりに話したがるので、わたしは、わざと聞こえないふりをしました


おばあさんの胸もとに、上品なオメカブローチがついていました。
数十万円はするでしょう。
「きれいなブローチですね」といったら、
おばあさんはうれしそうに「主人の形見?プレゼント?(はっきり聞き取れなかった)」


Y電気店に着きまた。

大きな駐車場はほとんど車がなくて、がらんとして、
フェンスいっぱいに朝顔の花が真っ盛りに咲いていました。
西洋朝顔でしょう。
空は青く雲一つありません。

しばらくして
おばあさんは空を仰いで、くるくると身体を回しました。
つぶやきました。

ここは、どこ?
私はどこにいるの?
天国?
・・・
あなたはだれ?


天国ということばに、わたしの心は反応しました。


311の年にわたしの身の上にも哀しいできことが起こりました。
テレビの画面に流れる震災の光景は、ちょうどわたしの波動と合っていました。
あの世にいきたい、この世にいたくない・・・それだけでした。

そして、この世は幻想、肉体ではない、夢から覚める、ということを知り、
ならば、とことん突き止めて夢から覚めるしかないと思い、
瞑想を朝日の中で、夜は月を見て、思いつくことをなんでもやってみました。


さて、おばあさんが朝顔の花に天国をみたように、わたしも似た経験をしました。

家の近くにイチヨウ並木があります。
紅葉して散りかけた頃の夕方、用事を済ませて歩いていました。
天国の母のことを考えていたら、母に似た人が通り過ぎていきました。

と思ったと同時に、目の前のイチヨウの葉が夕日と街灯があたって黄金色に輝き、
まるで別世界です。わたしは声を上げました。


わあ~・・天国だ~(天国ってほんとうにこうなんだろう)
あ、かあちゃん!(母が顕れた)


きっと、おばあさんもこんなかんじで、天国の愛する人に会ったのでしょう。
高齢者もいろいろなタイプがあって、元気で長生きしてピンピンコロリンでいきましょうの行動派もいれば、
早くお迎えにきてほしいわと、あの世にいくのを少しも恐れないで、
まるで天国へ遠足にいくようにたのしく想像する人もいます。
おばあさんはそんなタイプです。


駅へ続く、通勤・通学の道端に、朝顔の花の天国をつくろうと思った理由は、
おばあさんの天国のことばでした。


※天国はいつも、どこにもあります。
あまにも当たり前すぎて、哀しみや苦しみでいっぱいだと、気づけません
(こころのスクリーンが曇っているので映らない)

夕焼けの雲に、わあ~ !
花屋さんの花に、わあ~、きれい!
ベランダに干したぽかぽかの布団に、わあ、気持ちがいい~

この一瞬、一瞬が天国です(無条件の愛です)
天国をたのしくイメージする、(想像する力)をふだんから身につけておく練習をすれば、みんな、いつもでも天国です。

14539905:Re: 朝顔の花  朝の風景 528hz 2014/08/25 (Mon) 11:08:04
朝顔に水やりをしていたら、後ろから声がしました。

「いつも、見させてもらってるよ」
中高年の男性です。
「ウオーキング? いつも一人?」
(この辺は夫婦でウオーキングする人が多いので)とわたしが言うと、ニコニコしながら
「女房は三年前に亡くなった。朝顔が好きだったよ」」
「奥様、いつも、一緒にウオーキングしてますよ」
「そうーかなあ~・・」
「奥様は、あなたのそばにいつもいますよって、わたしに言ってほしくて、立ち止まって声をかけるようにしたんですよ。きっと」
「だっら、うれしいけどね」
「奥様、この話をきいてよろこんでいらっしゃるわよ」
「そうか! これからここを通るときに朝顔をみて、そう思うよ」



同じマンションのおばあさんが声をかけてきました。

「これから透析に行くの。週3日だよ。21年間も・・・」
「今朝はとっても、元気そうに見えますけど・・」
「元気そうにしてないと、死んじゃうもん」
「・・・・・」こういう時はなんて言えばいいのか?
「内臓がぐちゃぐちゃなの」
「・・・・・」こういう時はなんて言えばいいのか?
「朝顔の花、今朝、こんなに咲いたの」とわたしが言うと、
「わあ~、きれいだねえ~」
おばあさんは花の咲いているツタを、手の中に抱え込みました。
うれしそうに言います。
「私もベランダで朝顔を育てたことがあるんだけど、上の階まで伸びていって、すごかったよ」
「朝顔から元気もらうよ」と言いながら、
両手で朝顔の花のエネルギーを自分に寄せます。
「一輪、とってあげましょうか」
「ここにおいてやって、できるだけ長く咲かせてあげて」
おばあさんは朝顔の花を命を愛しむように、ネコの頭をなでるようにさすります。
腕の血管は、21年間透析をした注射針の跡が痛々しい・・・。




70代くらいの男性が、いきなりフェンスに絡まった朝顔のツタを持って
「先を切っちゃえばいいんだよ」
「どこで? ここ?」
わたしは朝顔のツタを持って、どこを切ろうか聞きました。
「そうそう、適当に。そうすれば、また、わきから新しいのがどんどん出てくるよ」
「ツタが伸びて、葉っぱが生い茂って、だから、花が少ないんでしょうかね」
「そうだよ」と言って去っていきました。



腰の曲がった上品なおじいさんとおばあさんが、ヨホヨボと歩いて近寄ってきました。
ご夫婦でしょう。転ばないか心配です。

おばあさんは「お世話さまです。水やりも大変ですね」と深々、頭を下げます。
どうやら、朝顔が芽を出したころから見ていたようです。
「はい、花数がすくないですけど、なんとか咲いてくれました」
「虫もいて、大変でしたでしょう」
テレビで見る、天皇皇后両陛下がどこかへご訪問されて、いろいろと
ご質問されるようなかんじです。
わたしは緊張して答えました。
「いろんな虫がいて、虫には困りました、
虫に食べられて、下の方の葉っぱがボロボロになってしまいました」

おじいさんは何も言わないで、ただ、ニコニコしながら、
そうでしたか、朝顔を育ててくれているのは、あなたでしたか?゛ 
ありがたや、ありがたや・・・というようにペコペコ頭をさげています。


・・・・

いろんなひとがいるな~・・。
人生いろいろ。でも・・。

朝顔の花も葉っぱも、よーく見ると、そっくり同じものはない。
みんな少し違う。違うけど、みんな同じ種。同じ大地で育つ。

人間もみんな種になってしまえば同じ。
朝顔の種も10年経っても、土に埋めると、芽を出して葉が出てきて花が咲く。
人間も同じだな~。





14550693:Re: 朝顔の花   ありがとう 528hz 2014/08/30 (Sat) 08:34:41
わが家のベランダの朝顔の花をとおして、4人の方のお話しをします。


21年間、透析に通っている同じマンションの下の階のAさん

「雨が降ってきたわよ」
声がしたので、外をのぞいて見るとAさんです。
「洗濯物がぬれるよ」
「わー、雨が降ってるって、気づかなかった。ありがとうございます」
Aさんも一緒に、干し物を入れるのを手伝ってくれます。

ベランダの隅に、朝顔の花が植えてあります。
Aさんは干し物を片手に持って、朝顔の花たちに、
「あんたたち、こんなにかわいがってもらってしあわせだねえ。高級な花になっちゃって・・・ハハハ」
朝顔の花たちをやさしくなでて、
朝顔が洗濯物に引っかからないように、そっと、そっと、こっち、こっちとツタをフェンスにからませます。
腕の血管は、21年間、透析の針の痛々しさを語っています。

「ほら、見て、こっちのほっぺにシミができて、お医者さんが皮膚がんになるかもしれないからって、大学病院で検査することになったのよ」
Aさんとはそれほど親しくないけど、たまに顔を合わせると病気の話になります。
娘さんが20代の頃、交通事故で亡くなったとか・・・。


天使さん、Aさんにどんなことはをかけたらいいの?
・・・ジャスミンの花


わたしはジャスミンの花をひとつ取ってAさんにあげました。
Aさんはジャスミンの花を鼻に近づけます
「すごいね。いい香りねえ !  どこに咲いていたの?」
朝顔や他の植木の陰で、ちらほらと咲いているジャスミンをのぞき込みます。


「さっき、朝顔の花に、あんたたちはしあわせだね、って言ったでしょう。
朝顔の花は香りがないから、朝顔に代わってジャスミンの花が、ありがとう、しあわせよ、って答えてくれたの」
「朝顔にそう言ってもらって、私もしあわせだね、ハハハハハ」
「おまじないをしてあげましょうね」
わたしはAさんの注射針の痛々しい手を持って、
「イタイの、イタイの、飛んでけー――」
「むかし、子どもによくやったよ、人にやってもらうと、ほとんうに痛いのが飛んでいくよね~」

Aさんはジャスミンの花をひとつ、まるで子どもが野の花を摘んで手に持つように帰りました。

・・・


マンションを清掃している女性Bさん。
今年のはじめにお父さんが急に他界されたそうです。

「昨日、朝顔の写真を撮ったのよ」
「今朝は、6個、こっちとこっち・・・あ、葉っぱの陰にもうひとつ咲いているわ」
「涼しいから、花もちがいいわね~」
Bさんはしみじみ朝顔の花をながめながら言います。
「もうすこし、2日ほど、咲いてくれるといいのにね」
「2、3日咲いていたら、朝顔でなくなっちゃう。もし、自分が長生きしたら、どうかしら」
「ああ、やだ、やだ、長生きなんてしたくない。苦しいことが多いもの」

「デイケアサービスの審査が通って、週に二回、母を送り迎えしているの」
「デイケアサービスの審査って、そんなに厳しいの?」
「すごいわよ、あれもできるからダメ、これもできるからダメで、待ってる人がたくさんいるらしい」
老後のはなしになりました。


天使さん、Bさんにどんなことばをかけたらいいの?
・・・朝顔は闇の底に咲く


「朝顔は闇の底に咲く、という五木寛之さんの本があるんだけど、
朝顔が美しく咲くために、暗闇が必要らしいの。
あたたかな光と温度だけだと花が咲かないらしいわ」
Bさん「そしたら、廊下の蛍光灯もダメってことね」
「朝になったから自然に咲いているんじゃないのね。道端の朝顔と、ベランダの朝顔の開き具合が違うのよね」
Bさん「急に寒くなったから、朝顔の花が小さいくなったよね」

朝顔の花がこじまりと咲いています。

「寒い、暑いって言わないで咲いているもんね。
わたしは朝から、あれを着て寒い、これを着て暑いと言って、着せ替え人形になってるのよ。ハハハ」」
Bさん「そうよねー。人間は暑いだの、寒いだのって文句ばっかり言って。
蛍光灯を一晩中つけてね。人間て勝手だよね。ハハハハ」


・・・

わたしの部屋のふたつお隣のCさん。
6月に、ご主人が他界されました。

夕方、ゴーヤを半分に切ったのを持ってきてくださいました。
ゴーヤと朝顔のプランターの前で、
「朝顔はよく咲くけど、ゴーヤ、なった? 去年はいくつか、なってたよね」
「そうなの、今年は一個もならないのよ。
ゴーヤには、オス花とメス花があるらしいけど、メスの花が咲かなかったみたい」
Cさんは、ゴーヤと朝顔の葉をのぞき込みます。
ゴーヤの黄色いちいさな花と朝顔は似合います。

ここへ、3つ隣のおばあさんDさんが、とことこやってきました。
Dさんは80歳過ぎて、娘さんと二人暮らし。
自分のベランダに日が当たらないので、毎朝、道端の朝顔とベランダの朝顔をたのしみに見ているようです。
「これはみんなオス花。メスの花粉をくっつけてやらないと実がならないのよ。
ちようちょうとか虫がやってくれるんだけど。今年はちょうちょうが少なかったよね」
CさんもDさんも、結婚しない娘と二人暮らしです。


天使さん、ここではどんなことばをかけたらいいの?
・・・あるがまま。


「最近、あるがままのことばがすごく好きで、朝顔を見るとあるがままに咲いているってかんじじゃない?
花が咲いても咲かなくても、実がなってもならなくても、あるがまま・・」
Dさんが、そうね、とほほえみます。

あるがまま・・・なんていいことばだろう。

・・・・

雨の日は太陽の光天使に代わって、花の天使たちが笑わせてくれているのです。
カフエのみなさん
天使たちはだれかにかまってもらって、一緒に笑いたくてじっと待ってますよ。


※わたしが天使さんと呼んでいるのは、自分の内なる声、ハイアーセルフ、天使のささやき・・・です。

14568911:Re: 朝顔の花  ジャスミン花びら 528hz 2014/09/06 (Sat) 10:02:12
3日前の夕方、買い物に出たとき、マンションの入り口のところで、
Aさん(21年間、透析に通っている)とバッタリ会いました。
スーパーの買い物袋を両手に下げて、階段を上がってきたところです。

「ここまで上がってくると、息切れがして・・」
Aさんはブロック塀に寄りかかって一休みします。
Aさんの頬は、大きなばんそこうが貼ってあります。
(頬のシミが皮膚がんになるかもしれないから、大学病院で検査するように医者に言われたそうですが、検査をしたようです)


わたしは、Aさんに「ジャスミンの花、どうでした?」とききました。
数日前に、Aさんはわが家のベランダに咲いている朝顔の花に
「あんたたちはしあわね、こんなにか可愛がってもらって」と言ったので
わたしは、ジャスミンの花をひとつとって
「朝顔の花は香りがないから、ジャスミンの花が朝顔に代わって、ありがとう、しあわせよ、と伝えてくれたの」と言いました。

Aさんは、そのジャスミンの花びらをひとつ、持って帰りました。


(ジャスミンのこと)
「こんな汚い家に来てもらって、悪いなあ・・と思って。
やっぱり、うちに入れたら、においがしなくなったの」
鼻に近づけると、いいにおいがするんだけど・・。

テーブルの上に、置いたんだけど、花のふちが茶色になって
やっぱり、うちにきて、負けたね、ごめんね・・・」

わたしは、Aさんに、
「こんなに可愛がられて、ジャスミンもしあわせね」と言いました。


Aさんは道端の朝顔の方に目をやります。
「毎朝、ここから、今日は朝顔がどうなってるかなあって、見てるのよ」
「ちょっと、待って、つぼみ数えてくるね」
わたしは道端に出て、朝顔のつほみを数えます。
雨が降ったり、涼しい日が続いているので水やりはしてなかったけど、
つぼみがたくさんついています。

わたしはAさんに向かって、両手の指を広げて(10個のつぼみを表現)します。


――――

さて
Aさんがつぶやいた「やっぱり、うちにきて、負けたね、ごめんね・・」のことばがとても、
印象深かったので、せっかく、カフエ「オーロラ」で書くのですから、スピリチュアル的にわたしなりの解釈で補足します。

負けたね、は、
汚れている部屋で香りがしなくなった、という意味もありますが、
Aさんは、花の命を愛おしんでいる、から、この言葉が出たのでしょう。


Aさんがジャスミンの花のふちが茶色になった、と言いましたが、
ジャスミンは、2、3日くらいはテーブルの上に置いてあったと想像します。
わたしもジャスミンの花をひとつ取って、寝るときに枕元に置いたり、
入浴のときやコーヒータイムのときに香りをたのしみますので、
ジャスミンの花がどのように茶色に変化していくのかよく知っています。

Aさんは薬をたくさん服用しているようですので、
テーブルにはたくさんの薬が置いてあったかもしれません。



桜の花びらのようなちいさなジャスミンの花に、
Aさんの意識が誘われて、一瞬、一瞬、病気の痛みから脱却する、
(エゴ・自動操縦装置を一瞬でもおとなしくさせた)

ジャスミンの花びらの放つ波動、エネルギーが「無条件の愛」だからです。

救われるというたとえに、「一滴の水」「一個のおにぎり」「一粒の種」ありますが、
「花びら」もおなじです。

一瞬も、同じです。


もし、今、苦しみや不安や恐れの只中にある方は、どんな小さな花(なんでもいいです)に、
目をやり、手で触れ、においをかいでください。

何を感じるか、それを「知ること」が、尊いとわたしは思います。

大河の一滴ということばがありますが、
一瞬、一瞬のよろこびが、いつか必ず、愛で満たしていってくれます。



Aさんのつぶやいた「負けた」の解釈をどのように表現すればいいか、
まとめるのに3日かかりました。
しばらくぶりに、「意識の宇宙のアリス」(野口けんそうさん)の本を開いてみました。


14590644:Re: 朝顔の花 dawn-wacherさん 528hz 2014/09/13 (Sat) 08:09:18
dawn-wacherさん

急に涼しくなって、虫の鳴き声が聞こえる季節になりましたね。

カフエ「オーロラ」で、朝顔のエピソード投稿させていただいておりますが、
後、5回くらいで最後にしたいと思います。
よろしくお願いいたします。


朝顔を通してたくさんの人たちと愛の触れ合いがありますが、
今日、おはなしをする「雨の中のおばあさん」は、
わたしにとって忘れられない、甘く、切ない、ちょっとミステリアスな夢のような出来事でした。
3回に分けて書きます。


書き終えたときに、dawn-wacherさんに質問が用意してあります。
質問にお答えいただいて、「オーロラ」のみなさんにメッセージを添えてくださると励みになることでしょう。




14590654:Re: 朝顔の花 雨の中のおばあさん① 528hz 2014/09/13 (Sat) 08:12:44
夕立がザーと降ってきました。
あちこちのベランダの干し物が取り込まれます。あわてて走る人たちと車・・・
わたしは朝顔のツタが雨風で折れたりしないように、フェンスにツタを巻きつけようとと思って外へ出ました。

朝顔の道路わきで(駅へ降りる階段の手前)、小柄なおばあさんがカサをさして立っていました。
あれ?(なんとなくの直観)
急いでいる気配もないので、おばあさんに話しかけました。
「どこかへ、行く用事があるんですか?」
おぱあさんは黙ったまま。
「誰かを待っていらっしゃるの?」
おばあさんは黙ったまま。

カーデガンのボタンに手を当てて、もじょ、もじょと何か言いますが、わたしにはおばあさんが何を言いたがっているかわかりません。

はじめて、気がつきました。
おばあさんの履いているクツは、右と左が違います。かかとの高さも違います。ハンドバッグは半開きになって、豪華なサイフらしいものが見えます。

雨がザーザー、強くなってきました。
おばあさんは帰ろうとしません。
どこのおばあさんだろう・・・。
階段を60段ほど降りると駅のそばに交番がありますが、おばあさんをひとりにしておけません。
どしゃぶの雨の中で、おばあさんとわたしは立ったままです。



わたしは目を閉じていると、
――「はなし相手がほしかったの?」(ささやき)

「はなし相手がほしかったの?」
「そう、はなし相手がほしかったの」
おはあさんははじめて口をききました。

「わたしでよかったら、おはなし相手になりますよ」
おばあさんは子どもようにうれしそうな顔になりました、

「では、雨にぬれないようにベンチで話しましょう」
わたしはおばあさんの手をひいて、階段をゆっくり、ゆっくり降りました。
階段の中央広場から駅ビルの渡り廊下へとつづいています。なんとかそこへたどり着きました。
渡り廊下の階段に座ることにしました。

ずぶぬれになって携帯を片手に急ぐ男たち、
子どもを駅にお迎えに来て急ぐ母子、
濡れたカサと買い物袋を下げた主婦たち・・・

通路の外は雨がザー、ザー降って、人影も見えない灰色です。


わたしはおばあさんの両手を自分の両手に包んで言いました。

「お子さんは?」
「いないの」
「ご主人は?」
「いないの」
「ずっと、ひとりだったの?」
「結婚しようと思ったんだけど・・」
「おいくつなの?」
「80・・・いくつだったか忘れました」
(こうした質問は、私の職業の取材グセです)


「ともだちは?」
「みんな死んじゃった・・」


おばあさんは小柄で、髪が白くてふさふさして、顔がこじんまりしてかわいらしく、笑顔で話す口から、ちいさな不揃いのねずみのような歯がみえます。

「どうしたいの? 」
「旅行に行ったりしたいの。よく、行ったの」
「そう・・、どこかにお出かけしたかったのね? 」
「雨が降ってきて、家にいてもさみしくて・・」

おばあさんの細い首には、色のついた石のネックレスが幾重に巻きつけてあります。
きっと、このネックレスをして、あちこち旅行したのでしよう。しあわせそうです。


「旅行したときのおはなしをきかせて」
おばあさんは、ぽつり、ほつり、はなします。

わたしはおばあさんのはなしを聞きながら、
わたしはおばあさんのために何か祈れることを探しました。
何を祈ればいいの・・・頭の中がぐるぐるめぐってきました。


そうだ、信じるものがありますか? 
誰かを信じる
神を信じる?

わたしはおばあさんの手を握りながら、祈りました。
信じるものがありますように・・・・。

友だちに愛された
神に愛されている
自分の人生はしあわせだった、と
信じられますように・・・


・・・

雨が小降りになったようです。
「だいじょうぶ、わたしが部屋まで送っていくからね」
「やさしい人ね」

おばあさんはわたしと同じマンションのようです。わたしはおばあさんの左の腕を抱え、さっき、降りてきた階段を上がっていきます。この階段は、夏は街灯がほのかに灯り、冬はイルミネーションが美しく、若いカップルの愛のささやく姿が見られますが、この日はザーザー雨でおばあんさとわたしだけです。


イチ、ニイ、サン・・・・、もう一段、がんばれ・・・。二人三脚して階段を上がってくるようなものですが、おばあさんのクツは高さが違うので、よろけて転びそうです。ドシャブリの雨が頭やからだや足に降り注いできます。おばあさんはたのしそうに笑いますが、わたしは必死です。

あと、5段・・・がんばれ・・・。


マンションに着きました。
郵便ポストの前で、「どこのお部屋?」ときくと、おばあさんはここと言って、自分のポストを指さしました。
エレベーターを待っていると、中高年の女性が買い物袋を下げてやってきました。
「同じ階なの。一緒に連れていきますよ」と言って、おぱあさんをエレベーターに誘いました。
おばあさんはきっと、いつも、こうして、誰かに部屋に送り届けてもらっているのでしょう。おとなしく従うことに慣れているようです。


後で知ったのですが、おばあさんは認知症なので、マンションではおばあさんの見守りの人が数人いるようです。夕立が急に降ってきたので、みんながバタバタしているスキをみて、外へ出て雨の中で立っているところ、わたしの目に止まったのでした。



・・・・
この後、わたしはおばあさんと、二度会うことになります。
二度目は、朝顔の花の前で
三度目は、おばあさんの部屋の前で


美しく、哀しく、夢の中に顕れたようなおばあさん。

肉体とは? 記憶とは? 意識とは? 物質とは?

現代の社会に、そして、自分に問いかけます。


14597018:Re: 朝顔の花 雨の中のおばあさん② 528hz 2014/09/15 (Mon) 07:51:54
三日後のことです。

朝7時ごろ、朝顔の水やりに外へ出ると、あのおばあんさが朝顔の前で丸いうちわを持って立っていました。

通勤時間なので、ビジネスマンやOLや学生たちが急ぎ足で駅に向かいます。

こんな時間にうちわをパタパタしながら立っているおばあさんは、どう見ても変です。
おばあさんの格好は、水色の長袖の上着(下に洋服を何枚も重ねて着て、
ネックレスをいつくも首に巻きつけているので、首が埋もれて見えます。
クツは右と左が違います。
黒いスケスケのレースの下着を裏返しに着て、パンツをはいていません。

「わたしを覚えている? 」と言っても、
おばあさんはわたしのことを覚えていないようです。

わたしはおばあさんの下半身がスケスケの格好を人に見られないように、
「朝顔の花・・・」と言って、朝顔の花に向けさせました。
「かわいい! !」
おばあさんは朝顔の花を触って、女の子のように感動した声をあげました。

「パンツをはかないとダメよ。こんな格好で立っていたら恥ずかしいのよ」
「おかしいでしょ。わかんなくなるの」
おばあさんの口癖のようです
「家に戻って、パンツをはきましょう」
「こんな格好で外に出てはいけないの」
わたしはおばあさんの腕を引っ張りました。
おばあさんは子どものように、ついてきました。

おばあさんをエレベータに乗せて、6階で降りました。

マンションの構造はコの字型になっていて、廊下を歩いていくと、
おばあさんは「ここなの」と言って立ち止まりました。
ドアの前に、ちいさなおもちゃのような人形がふたつ置いてありました。
゛そうか、この人形が目印になっているのね゛

おばあさんは、「どうぞ」とドアを開こうとしましたが
おばあさんの見守りの人がいるのに、わたしが出しゃばって部屋をのぞいているように見られたくなかったので、手短に失礼しました。


・・・・・

おばあさんの部屋は階段よりで、わたしの部屋も階段よりで、一段違いのふたつ斜め上下になります。
わたしがエレベータを降りて自分の部屋に行くときは、上の階のおばあさんの部屋が見えます。


毎日、朝、昼、夕、おばあさんはベランダでうちわをパタパタしながら外をながめています。
まるで、授業をさぼって、校舎の窓から外を眺めている不良少女のようでほほえましい光景です。
おばあさんに手を振ると、おばあさんも手を振ります。

ある日、わたしは買い物袋からバナナの房を手に取って手を振ると、おばあさんは黄色のバナナに目が止まったようで、
おばあさんは、何?と、ネコやイヌが何かの気配を感じて顔を上げる、あんな動作をしました。


わたしはバナナを持って、階段を上がっていくよ、と手で合図をしました。
小走りに階段を上がっていくと、おばあんさんは階段の方を見て、待ってる様子でした。

おばあさんは右左の違うクツを履いて、ニコニコしていました。

おばあさんの部屋のドアが大きく開いています。
部屋の中が丸見えです。
わたしの目に最初に飛び込んできたものは・・・

三回目(最終回)につづく。

14603616:Re: 朝顔の花 雨の中のおばあさん③ 528hz 2014/09/17 (Wed) 09:34:29
おばあさんの部屋のドアが大きく開いていました。
ぱっと目に飛び込んできたのは、テーブルの上がてんこ盛りになったクツ。クツ。
おばあさんはどのクツを履こうか、押入れからクツの箱を出しては履いてみて、外に出ていたのでしよう。

高齢者の部屋は、グレー、ベージュの色の世界ですが、女の子らしい部屋の印象でした。女の子が洋服をタンスから出しては、鏡を見てはとっかえ、あれも着て、これも着て、ネックレスもあちこちにぶら下がって、床にも散乱しています。わたしは子どもを育てているので、小さい子の散らかし方を知っていますが、好奇心いっぱいの散らかし方です。

わたしはおばあさんの首に下がっているネックレスを触って、「きれいよ」と言ったら、おばあさんはとてもうれしそうにニコニコしました。
わが娘の成人式の振袖姿に、社会人になってはじめて着るスーツ姿に、「きれいよ」という、母親のような愛を込めたほめことばだったと思います。



部屋の様子をくわしく見たわけではないので、これ以上の説明はしません。


しばらくたってから、おばあさんの姿は、べランダから見なくなりました。
聞くところによると、誰か後継者が現れて、どこかのホームに入所されたとか。



・・・・


おばあさんのことを、ひとりぽっちで、かわいそう・・、旅行に行かせてやりたいと・・、
そして、おばあさんのことを、信じるものがありますように・・・・と、祈りました。

でも、信じるものがなくてもいいのです。
わたしは子どものときから母の信仰する宗教を大切にしてきましたが、二年前に宗教を卒業してみて、はじめて、
信じるものがない、何にもとらわれない「自由こそが無条件の愛」だと知りました。

かごの中が安全で幸福な場所と信じていた鳥が、あるときに、かごから飛び出して大空へ飛び立つように、わたしの意識が拡大していきました。


dawn-watcherさんのサイト・アセンションのところに「少女とチョコレート」のことが書いてあります。

わたしもチョコレートの少女のように、空をみて天国を描きつづけました。
(物質世界で生きるのが辛くて、地上の建物から上の空ばかり見ていました)。
空に光の天使たちがキラキラキ舞い踊り、赤ちゃんのようなかわいらしい天使の笑い声も降りてくるようになりました。
今では空が大型スクリーンの映画を日替わりに上演し、何時間みていてもあきません。


おばあさんもチョコレートの少女のように、ベランダから外をながめて、
毎日、行きたいところへ旅行して、楽しくて、楽しくてしかたがなかったにちがいありません。

ホームに入所するときは、部屋の荷物をほとんど持参しなかったと思います。
でも、おばあさんはクツがなくても、ネックレスや洋服がなくても、何もなくても、
きっと毎日、おしゃれをして大空をかけめぐって旅行をたのしんでいることでしょう。


わたしのおぱあさんの見方を、もうすこし突っ込んで考えてみます。
おばあさんは、あれも着て、これも着て、長年、押入れに眠っていた「物」がおぱあさんによって「よみがえる」、言い換えれば
「おばあさん」が物によって「よみがえる」つまり、「物」と「おばあさん」が「同化」する、美しい魂の世界をわたしは垣間見たような気がします。


・・・・

dawn-watcherさんへ

認知症は高齢者に4人(予備軍を含めて)にひとりの割合だそうです。
多くの人が、ああはなりたくない、人にだけは迷惑をかけたくない・・・といいます。
わたしと夫は、もし、誰かがか認知症になったら、悲しまないで、
今までどうりにふつうに話してね。ちゃんと、意識やたましいではわかっているのだから、
と話し合うことがあります。

しかし、いくらこの世が幻想といっても、ゲームをしているといっても・・・。肉体を持つ私たちにとって認知症は決して他人ごとではありません。
意識とは、記憶とは、肉体とは、
「意識の宇宙のアリス」の本がまさにそのことを書いていますが、現実の世界に生きるわたしたちにdawn-watcherさんに何かメッセージをいただけると、きっと「オーロラ」のみなさんの励みになると思います。よろしくお願いいたします。



14604635:Re: 朝顔の花 やっとひとつ咲いた dawn-watcher 2014/09/17 (Wed) 17:50:18
528hzさん、おばあさんの話、ありがとうございました。ちょっと悲しいけれど、美しいメルヘンの世界のようでした。

6年前、私の妻の母が95歳で亡くなりました。最後は、施設に5年ほど入っていましたが、そこに入る前の半年ほど、私の家で一緒に生活していました。

義母は、その頃すでに認知症になっていて、実の娘である妻の顔さえも見分けられないような状態でした。自分自身のこともほとんど何もできない状態になっていたので、そういう状態になった人を、他人が世話をするということがどれほど大変かということも経験しました。言いかえれば、人間が自分のことを自分でするというのがどれほど凄いことかということを改めて認識しました。

義母は夕方になると、決まってさそわそわし始めました。立ち上がって外へ出て行こうとします。「どこに行くの?」と聞くと、「うちに帰って、お父さんのご飯の支度をしなければ・・・」と言います。今いる場所が自分の家でないことだけはわかっていたようです。けれども、1か月前に「お父さん」が亡くなったことは忘れているようでした。

それから半年ほどして、義母は施設に入りました。そこで5年ほど過ごして亡くなりました。私と妻は、よく施設を尋ねました。義母は施設の職員とは仲良くなりました。声をかけられると、ごく普通に応対するように見えます。けれども、記憶は瞬間的に消えていくような感じでした。一瞬前のことを覚えていません。認知症の人は、現在の瞬間だけに生きているように見えます。

いくら観察しても、認知症の人が何を考え、何を感じているのかはわかりません。あれこれ想像はしますが、結局それは他人の想像であって、本人の意識状態はまったくわかりません。

ただ、義母が、施設の職員さんの暖かさを感じていることだけは確かでした。テレビにも写真にも反応を見せなくなった義母が、最後まで、職員さんの声には反応していたからです。

人の心の暖かさは、最後まで、認知症の人にも通じるようです。528hzさんがお書きになったように、認知症の人を見かけたら、優しく接してあげてください。



14633387:Re: 朝顔の花 ツイッター 528hz 2014/09/28 (Sun) 10:25:30
四年前のことです。
近くの団地(毎朝、朝顔の花を数えているおじいさんの庭の朝顔)を見に、毎朝通っていました。朝顔の花の写真を携帯電話で撮ってブログでアップして、ツイッターで朝顔のことをつぶやいていました。

ツイッターは、誰かと誰かをつなげてフォローし合う仕組みになっていて、誰かが、
「ツイッターの中で朝顔が今頃咲いているというのが話題になっています」
「 今朝のツイットでは、○○さんちではまだ朝顔が咲いているとのことですよ」
「こっちでは、こんな朝顔が咲いていました」
「うちのの近くで見つけたあさ顔です」
朝顔の画像が、秩父や広島、三重県から、九州、新潟、富山、東京~から送られてきました。


ある日の朝、台風でどしゃぶりの雨が降っていました。朝顔の場所まで徒歩5分。
どうせ、このどしゃぶりだと咲かないから
そう思って、朝顔を見に行くのをやめました、

部屋の窓から、外のドシャブリの雨風の様子を眺めていました。

駅の入り口のところで、演説をしている男性の姿が。
その周りをバスに乗りもうと突っ走る人、人。

演説の男性は、雨しぶきの中、もくもくと演説をしています。
どうせ、誰もきいてくれない・・・。どうせ、投票したって、世の中変わるわけでないから、投票しない人がたくさんいますが、演説する姿は
そんな考えが少しもないようです。

わたしはすぐ、朝顔を見にいくことにしました、
どうせこのドシャブリじゃ咲かないから・・・・。朝顔に対して失礼だ・・・

・・・・
ドシャブリの雨に打たれて、朝顔の花がテッシュペーパーがべとべとに濡れたような姿で咲いていました。(朝顔の写真は一番下に表示されています。ここに画像を挿入したいのですが、うまくいきませんでした)
写真を撮って家に戻り、ブログでアップして、ツイッターでツイート(つぶやき)しました。




すぐ、タイムラインでリツイート( あるつぶやきを皆に知らせる機能)がありました。


「どうせ、客がこないと思って店のシャッターを閉めましたが、すぐ、シャッターを開けます」(自営業)

「どうせ、生徒さんが休むと思って、教室を休んで花の仕入れをしませんでした。すぐ、花の仕入れをします」(フラワーアレンジメント講師)

「どうせ、試験に出ないと思って飛ばしたところを、これから暗記します」(高校生)

「どうせ、私なんか・・。ずっと、自分を卑下してきました。誰かにわかってもらえなくていい。そう、思える人間になりたいと思いました」(OL)

「どうせ、こんな世の中だから、夢ということばに嫌悪さえ抱いていました。どうせは、自分を放棄したと同様」(大学生)

「子どもたちがいうことを聞かなくて、どうせ、言ったってわからないとあきらめていましたが、子どもたちを信じます」(主婦)

・・・

ツイッターで秩父の山の焼き鳥や「〇ちゃん」さんから。
――自然に咲く朝顔、その後、その後!!11月04日13:00
今日の、秩父は寒かったです。
今朝、車のガラスが凍っておりました!!
だいぶ朝顔、すくなって来ましたが、まだ咲いておりました


・・・・
以上が4年前のことです。このことがあってから、わたしは「どうせ」という考えをしなくなりました。

さて、9月もそろそろ終わりです。
わたしのブログをふり返ると、朝顔の花の観察を、11月7日が最後になっています。
朝顔の観察をはじめた時は、まだ、ブログをやっていなかったので(ブログを始めたのは2010年7月30日)、朝顔の花を見に通い始めたのは7月上旬だったので、それから11月7日まで約三か月半、一日も休まず霜が降りるまで朝顔を観察しました。


朝顔は霜の降りるまで咲きますので、もし、朝顔を育てている方がいましたら、どうせ朝顔は咲かないからと思わないで、朝顔がどのようにして枯れていくのか、地上とさよならするのか愛を込めて観察すると、命の神秘を神がそっとあなたに見せてくれるかもしれませんよ。

14637055:Re: 朝顔の花 やっとひとつ咲いた dawn-watcher 2014/09/29 (Mon) 21:11:32
私も、今年、朝顔を育てました。3年前、東北の大地震のとき、電力不足でグリーンカーテンが話題になった時に初めて、いまは毎年、朝顔とへちまのカーテンを、それぞれ別々の場所につくっています。

今年も、朝顔の苗を買ってきて植えました。ところが30センチほど伸びたところで、朝顔は枯れて行くように見えました。「今年はだめかなあ」と思っていたら、その枯れたように見える蔓がドンドン伸びて、2階のベランダまで上がって行きました。

そして、下の方は相変わらず枯れたように見え、葉っぱもどんどんしおれて行きますが、ベランダの手すりに巻き付いた蔓には、毎日きれいな花が咲きました。7月から咲き始め9月の半ばまで、1間ほどの幅に毎日20~30個ぐらいの真っ青な花が咲きました。

不思議な植物です。まるで「枯れ木に花を咲かせましょう」という花咲か爺さんみたいな植物です。彼岸を過ぎるると次第に花が少なくなり、4~5日前ついに花が咲かなくなったので、全部とりはずしました。蔓は地面の上で切ったのですが、一本だけ,切った位置が地面から30センチほど上でした。葉っぱが数枚残っていました、そしたら、その30センチの茎のてっぺんに、毎日1輪の花が咲きました。何かいじらしい感じです。最後の最後まで、命のある限り花を咲かせようとする姿に感動しました。

朝顔は何も言いません。誰も見てくれる人がいなくても、ただ黙って咲き続けます。黙って咲いて、黙って散って行きます。

美しく哀しい・・・けれども、何かすがすがしいものを感じた・・・・朝顔との付き合いでした。

来年もまた、朝顔を植えようと思います。



14663204:Re: 朝顔の花 意識の衣替え 528hz 2014/10/07 (Tue) 08:30:36
台風が過ぎ去った後の空はきれいでしたね。
それほど、大きな被害が今のところなかったようで、ほっとしています。

さて、暑かったり肌寒かったりのこの頃ですが、引き出しやら、タンスを開けて、衣替えをしている方も多いのではないでしょうか。

朝顔も衣替えをして、茶色の殻(コート)が種を包み込んでいます。

実はこの時期ってすごく大切なんです。というのは、わたしの専門は時間と空間をデザインする、・・・人々がシンプルに幸福に暮らすためのライフデザインをします。(書籍の他、大手企業さんからたくさん商品化されました)
それで、オーロラのみなさんにお伝えして少しでもお役にたてたらと思って書きます。ちょっと、独断的かもしれませんが。

・・・

今、自然界は季節が入れ替わる、秋~晩秋~冬~「変化」を静かに進めています。アセンションと似ていますので、今の季節の過ごし方を現実とスピリチュアルの両方で考えます(行動します)

たとえば、衣替えをするときに、衣類がシミついていたり、汚れていたり、ボタンが取れかかっていたり、裾がほころびていたりしますので、クリーニングに出したり、アイロンをかけたりします。


そのように、私たちの肉体は心身ともに傷ついて、汚れ(老廃物)がたまっています。肉体の傷ついた手や足や指に、がんばったねとほめてさすってあげます。肉体は大切な地球着ですので、衣類と同じように手入れします。
かなしい思い出や苦しい感情には、あたたかな洋服を着せて、あたたかなクツ下を履かせます。洋服もクツ下も、宇宙の愛はほしいだけプレゼンしてくれます。

意識のクリーニングの方法はいろいろありますが、スピ本に頼らないように・・・。
今の季節は、「衣替え」と同時に、「意識の衣替え」が大切だということをお伝えしておきたいと思います。


もうひとつ、大切なことを書きます。

季節が入れ替わろうとするとき、時間が早くなります。どんな世界でも入れ替わるときは、バタバタしますよね。カレンダーでは、10月、11月、12月、1月へと、ハロウイン、バザー、クリスマス、大みそか、元旦・・・と一気に進みます。物質世界の商戦が世の中を支配します。

そこで、こんな考え方をします。
一日を23時間にする(あるいは22時間)
今年の終わりを12月10日にする。(15日でもいいんですが)

これはどういうことか言いますと
たとえば、収入・給料を生活費や医療費、教育費、その他に割り当てていると思いますが、「万一のためのお金」をできるだけ手をつけないように確保していると思います。(それでも、計算どおりにいかないのが現実ですが)

1日23時間にするという考えは、万一のため1時間をとっておくというより、
時計の時間、物質の時間は、一日24時間=行動+行動+行動+行動+行動+行動+・・・・・(エゴ・自動操縦装置)だけに使わないで、1時間を非物質の時間にする。

思考・エゴ(自動操縦装置を外して)、「ハートの時間」のためにも使うことを計算にいれます。ハートの時間・非物質の時間は無限です。

わたしは、ある時期、時計を部屋に置かないで、太陽と月の動きに合わせて行動をしたことがあります。今でも、わたしは夜11時は物資世界の一日が終わりですので、その後は、非物質世界の愛の光に浸ります。
もし、生活に支障がない方は、時計に支配されない行動をしてみるといいでしょう。

それで、大事なことはゴールを描くことです。現実世界では夢を叶えた人たちは、ゴールを描くといいますが、非現実世界も霊性回復のゴールを描くことは、とても大切なことなんです。


「意識の衣替え」は衣替えと同時に、季節が入れ替わる今が準備のときです。かなしい思い出や苦しい感情には、あたたかな洋服を着せて、あたたかなクツ下を履かせてください。
洋服もクツ下も、宇宙の愛はほしいだけプレゼンしてくれます。「意識の衣替え」をていねいにしておくと、「変化」にあわてません。年末のバタバタに巻き込まれないで、愛の光の世界へ次元シフト(新年をゆうゆうと迎えることが)できます。


何事にも準備があります。試合、受験、登山、個展、事業、旅行・・・、成功者は準備に時間をかけます。意識の衣替えを入念にするのでしょうね。


14760642:Re: 朝顔の花  離層 (りそう) 528hz 2014/11/14 (Fri) 17:22:45
落ち葉の季節になりました。
野や山も都市も、もう、しばらくすると、すっかり枯れ木になります。
そして、本格的な冬です。

ところで、朝顔ですが、わたしの植えた道端の朝顔はマンションの清掃管理の手できれいに処分され、ベランダの朝顔は10月末ごろにタネを収穫して取り除きました。



以下の写真は、
2010年の初夏~11月の11日までの間、近くの団地(毎朝、朝顔の花を数えているおじいさんの庭)の朝顔を観察して、最後の日の(2010年11月11日撮影)
朝顔のつぼみが枯葉にくるまれて、小鳥が眠るように枯れ果てているのをみて、胸がつまりました。

雨の日も風の日も、朝顔を観察していると、朝顔に愛情が湧いてきて、枯葉の季節がきたときに、ツタの先にたくさんついているつぼみたちが咲けないまま枯れていくのか思うとかわいそうで、・・・。


たまたま、その日の夜、テレビでもみじが紅葉にするために、葉の茎に水分を通さない「離層」ができるということをやっていました。「離層」は、植物が自ら作るものらしいです。
そうか、朝顔たちは、「さあ、みんなで枯れようね」と、仲間たちが声をかけ合って枯れたのだと知ってほっとしました。

落ち葉たちは、木枯らしに吹き飛ばされているように見えますが、樹木たちは自分たち自ら古い葉を落して、冬にエネルギーをいっぱい蓄えて、そして春になるとみずみずしい葉っぱをつけるんですね。

植物たちは、エライなと思います。
それに比べて、人間たちは、なんとたくさんの物を所有しているのでしょう。あれも捨てられない、これも捨てられないで。これじゃ、春になっても新芽がでないわけです。


植物の「離層」を真似てみたいものです。

そこで、年末にかけて家の中の掃除や片づけをするときに
自分が植物の木になったつもりで、引き出しのごちゃごちゃの割り箸やら、かすれたボールペン、押入れに眠ったままの衣類、賞味期限のとっくに過ぎた調味料など・・・、これらを枯葉だと思って、「離層」を作り、落ち葉のように手放しましよう。家の中がきれいになって、気持ちのいい波動がどんどん上がります。


それと、哀しみや恐れや痛みも、枯葉のように飛び散らすといいですよ。
わたしは林の中で、よく、やりました。

12月ごろになると、銀杏の葉がいっせいに金色に紅葉して、はらはら~~とめどもなく、雪のように舞い散りますが、幻想的ですね。

滝に打たれる瞑想法もありますが、銀杏の木の落ち葉の下に立って、感情や思考を飛ばす方法もいいものです。植物たちのように、春になると、身体の内側から新しいエネルギーがふつふつ湧いてきます。


それと、きれいな紅葉の葉を拾ってきてお風呂に浮かべます。
落ち葉にはマイナスイオンがいっぱいあって癒されます。落ち葉さんたち、わたしの哀しみや苦しみを吸収してね、とお願いして、翌日、風に飛ばします。枯葉デトックスですね。子どもっぽいようだけで、子どものような純粋な意識になることがアセンションです。

不要な物や想念・感情の離層を作って、枯葉のようにして手放して、春にエネルギーいっぱの新緑を芽吹きましょう。






14763231:Re: 離層 dawn-watcher 2014/11/15 (Sat) 20:29:30
528hzさん、また素敵なお話を、ありがとうございました。

私の家の近くにも小さな丘と小さな森があって、12月に入ると、私の家の庭まで、枯葉がひらひらと飛んできます。

森の木々は、いつも同じ姿で立っているように見えますが、毎日少しずつ変わっています。そして気が付くと、葉がすっかりなくなって、森の向こうのマンションが透けて見えるようになります。春になると、いつの間にか木々は新しい葉に覆われ、森の向こうが見えなくなります。

常緑樹は、落葉樹のように一斉に葉を落とすことをしないので、いつも同じ葉を付けているように見えますが、実は毎日少しずつ葉を入れ替えています。


私たちの心も、毎日少しずつ、古いものを捨て、新しいものに入れ替えて行く必要があるのではないでしょうか。時にはバッサリと、大掃除をする必要があるのかも知れません。